最初の打ち合わせの昼、出てきたのはコンビニの弁当でした。
500円ほどの、普通の幕の内です。私と相棒は、ありがたくいただきました。仕事の話はまだ、ほとんど通じていませんでした。
1990年代の後半、私はフリーランス4人のチームでHP制作をしていました。持ち込まれたのは、淡路島・洲本市で家族経営をしている松谷不動産という会社のサイト制作です。依頼してきたのは三代目にあたる息子さんで、店を営んでいるのは二代目のご夫婦。お二人は、HPが何かをご存じありませんでした。私たちが何の打ち合わせに来ているのかも、正直、分かっておられなかったと思います。
それでも、おかあさんは昼になると、業者の私たちに弁当を出してくれました。
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1.業界の「分断」を見つけた
私は20代の約10年をサンフランシスコで過ごし、英語が使えたので、当時の日本とアメリカの不動産サイトを徹底的に調べました。
分かったことは、シンプルでした。当時HPを作っていたのは、DTP(印刷デザイン)の会社か、システムの会社のどちらかだったのです。
DTP会社が作るサイトは、見た目は綺麗だが、物件を検索できない。 システム会社が作るサイトは、検索は充実しているが、見た目が素っ気なくて、頼む気にならない。
綺麗なだけのサイトと、機能だけのサイト。市場には、その二種類しかありませんでした。「見た目で信頼させて、機能で行動させる」サイトが、どこにもなかったのです。
だから、それを作ることにしました。
パステルカラーで淡路島の地図を描き、地区をクリックすると、その地区の物件情報が出てくる。地元の人は「駅から何分」ではなく「どこの地区か」で物件を探します。手描きの温かい地図が信頼をつくり、地区クリックという機能が行動をつくる。デザインとシステムを、一枚の地図の上で握手させました。
2.FAXの紙が、なくなった
公開後、毎日掲載する物件情報への問い合わせで、FAXの用紙がすぐになくなるようになりました(当時はまだFAXが主流です)。
そして、想像していなかったことが起きます。
徳島の歯科医の先生から連絡が入りました。洲本市での開業を考えて物件を探していたところ、「このHPが一番信頼できた」という理由で、土地と建物──当時3,500万円──の取引を、松谷不動産に依頼してきたのです。
HP経由で、です。会ったこともない会社に、3,500万円の判断を委ねる理由が、サイトの信頼感だった。HPは問い合わせを増やす道具であるだけでなく、高額の意思決定を支える「信用の装置」なのだと、このとき初めて目の当たりにしました。
3.3,500円の弁当
しばらくして、運営更新の打ち合わせに伺いました。
昼になり、また弁当が出てきました。蓋を開ける前から、分かりました。弁当箱の蓋から、エビの頭が出ていたからです。
コンビニの500円の弁当が、仕出しの3,500円の弁当に変わっていました。
HPが何かは、おかあさんには最後まで分からなかったかもしれません。SEOも、アクセス数も、説明したところで通じなかったでしょう。それでも、「この人たちが来てから、商売が変わった」ことだけは、はっきり伝わっていた。それがあの弁当でした。
成果とは、数字である前に、こういうものだと思います。
4.30年前の分断は、まだ続いている
私がこの仕事で確信したことは二つあります。
一つは、HPは成果を出すためのツールだということ。飾りでも名刺代わりでもなく、FAXを鳴らし、3,500万円の取引を生む装置だということです。
もう一つは、あのとき見つけた業界の分断──綺麗なだけの会社と、機能だけの会社──が、30年経った今も、形を変えて続いているということです。今は「戦略を語るだけのコンサル」と「言われた通りに作るだけの制作会社」の分断として。戦略と実装が別の会社に分かれている限り、パステルカラーの地図は生まれません。
だから私は、企画と制作を一体でやる会社を作りました。1996年のあの島から、やっていることは変わっていません。
あなたの会社のHPは、弁当を格上げさせるほどの仕事をしているでしょうか。もしまだなら、それはあなたの商売の問題ではなく、サイトの企画の問題かもしれません。
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