失敗談

USPは「書く」ものではなく「作る」ものである ── HPを作る前に、厚生局へ行くよう勧めた話

激戦区の心療内科に制度を活用したUSP構築を提案するも見送られた実例。強みは単に「書く」ものではなく現実の代償を払って「作る」もの。競合不在の独占市場を築く「USPの原価」と戦略の本質を提示します。

公開日:2026.08.26 カテゴリ:30年の定点観測 執筆:上中清隆(アンドワン株式会社 代表取締役)

激戦区で開業する心療内科のHP制作の相談を受けたときの話です。

場所は新宿。医療機関、それも心療内科の密度で言えば、日本有数の激戦区です。この場所で「丁寧な診療」「話をよく聞きます」「アクセス良好」と書いたサイトを作って、何が起きるでしょうか。
何も起きません。同じことを書いたサイトが、周囲に何十とあるからです。
サイトに書ける強みがないなら、制作会社にできることは二つに一つです。ない強みを、あるかのように書くか。強みそのものを、先に作りに行くか。
私は後者を提案しました。

CONTENTS

1.制度の中に、独占が眠っていた

私たちはWebの調査だけで企画を終わらせません。調べていくと、地域医療の制度に、ある明確な構造が見つかりました。

2026年4月から、「外来医師過多区域」(通称:開業規制)に関する改正医療法が施行されています。新宿のような医療機関が集中する激戦区では、これまで以上に開業や生き残りのハードルが上がっています。

しかし一方で、訪問診療や夜間診療といった「担い手の足りない仕事」は確実に存在し、都道府県や厚生局といった行政側は、それを担ってくれる医院を強く求めているのです。多くの医師にとって、これは避けたい負担です。泥臭く、体力的にも精神的にも過酷で、できればやりたくない。だから皆、動きません。

2.自分の営むビジネスの「正体」を理解する

そもそも、保険診療とは税金と国民の保険料によって成り立つ事業です。国には「医療という仁術を国民に平等に施す」という重大な責任があり、行政はその実務を担っています。

つまり、自分が営むビジネスの元手(公金)を出している相手の指示や困りごとに応えるのは、商売の原理原則です。行政が抱える「担い手がいない」という課題を自ら解決しに行くことは、公金で成り立つ事業の本来の役割を果たすことに他なりません。自分が何のビジネスを営んでいるのかを本当に理解していれば、役所へ出向いて連携するのは「当たり前の一手」なのです。

自分から厚生局へ出向いてください。「この地域で足りていない分野を教えてほしい。私がやります」と言ってください。

3.嫌な義務が、独占的なUSPに変わる

この一手で、何が起きるか。

第一に、競合ゼロの領域を独占できます。「新宿で訪問診療をやる心療内科」は、誰もやりたがらないがゆえに、ほぼ空白です。避けられている仕事は、裏返せば、参入障壁が「覚悟」だけの独占市場です。

第二に、行政が味方になります。誰もやりたがらない仕事を自分から取りに来た医師を、担当者は忘れません。実際この提案は、担当部署で噂になるだろうという手応えのあるものでした。「本物が来た」と。制度を管轄する側との関係資本は、広告では絶対に買えない信用です。

第三に、出口まで設計できます。数年やって体力的に厳しくなれば、行政側と相談して、講演や地域啓発のような負担の軽い役割に移行していく道も開けます。義務として課されたのではなく、自ら申し出た側だからこそ、その交渉ができるのです。

そしてこのすべてが揃ったとき、初めてHPの出番が来ます。「新宿で唯一、訪問診療まで担う心療内科」──これは作文ではなく、事実です。事実だけが、激戦区で引用され、選ばれ、AIに「ここが違う」と言わせる力を持ちます。

4.しかし、この提案は実行されなかった

ここまで読んで、良い話だと思われたかもしれません。

この提案は、実行されませんでした。

訪問診療は過酷で、できればやりたくない──それが、最終的な答えでした。私の提案は人づてに断られ、その案件は終わりました。私は、この結末を責める気はありません。むしろ、この結末こそが、この記事で一番お伝えしたいことだからです。

5.USPには、必ず「原価」がある

サイトの見た目を変えるだけなら、PCの前で今すぐできます。キャッチコピーの書き換えも、明日できます。

しかし、本物のUSPには、必ず現実の代償があります。誰もやらない仕事を引き受ける。面倒な認証を取る。利益率の低い顧客を先に助ける。嫌な半年を耐える。その原価を払った者だけが、「事実」という最強の広告を手にします。

サイトで成果が出るかどうかは、制作会社の腕の前に、経営者に「USPの原価」を払う覚悟があるかで決まります。

もしあなたが今、「うちには書ける強みがない」と悩んでいるなら、それは書き方の問題ではありません。おそらく、まだ原価を払っていないだけです。あなたの業界で、皆が避けている仕事は何ですか。制度の中で、空白になっている領域はどこですか。

そこに、誰も攻めてこない城が建ちます。私たちが手伝いできるのは、法制度までリサーチしてその城の場所を見つけるところと、建った城を世界に宣言するところです。城を建てる汗だけは、あなたにしか流せません。

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